モノ語りヒト語り

「モノ語りヒト語り」一覧へ

上を向いて歩こう

NHK番組「夢であいましょう」で、中村八大さんのピアノをバックに九ちゃんの「上を向いて歩こう」を聞いたのが最初だった。それから55年、作詞をした永さんが亡くなって(2016年7月7日)、毎日のようにラジオで「上を向いて歩こう」を聞くことになった。

この歌は日本でも大流行したが、外国で1,000万枚以上売れた日本のレコードは、恐らく最初にして最後になるだろう。「アメリカでヒットして、ようやく日本でも認められた」のが悔しいが、外国でのタイトルを「SUKIYAKI」ではなく「I LOOK UP WHEN I WALK」にして欲しかったと思うのは私だけだろうか。日本人はプレスリーの歌を「コカ・コーラ」などとは言わなかったのだから・・・・・

 「上を向いて歩こう」の作詞家永六輔さんは、テレビよりもラジオが大好きな作家だった。晩年はカラダが不自由になっても、滑舌が悪くなっても、車椅子でラジオに出ていた。毎週土曜日はTBSラジオの「土曜ワイド」を聴きながらお店に向かったものである。

永さんは60年安保闘争の時に、上司に「仕事とデモとどっちが大事なんだ?」と詰問されて「デモに決まってるじゃないか」と仕事をキャンセルしてデモに参加した人である。この歌は、てっきり60年安保闘争の敗北をした人々の気持ちを歌っていると思っていたが、どうも中村メイコさんに失恋したときの歌らしいとわかったのは随分後のことだった。

生前、いい話をラジオでいっぱい聞いた。

「誕生祝いでおめでとうというのはヘンだよ、お母さん、お父さんに<ありがとう>というのが誕生日のお祝いじゃないか」
「若いうちは貧乏がいいです。貧乏は歳をとってからするものではありません」
(若いうちも、歳をとっても貧乏になる時代に、日本がならなければいいのだが・・・・・・)

亡くなったことを知った7月8日の夜は、十年ぶりにカラオケに行って「上を向いて歩こう」を歌った。どんなプロの歌手がカバーしても九ちゃんのカスレた初々しい情感ある歌いっぷりにはかなわない。だが、歌の下手な人もすっとこの世界に入り込むことのできる、やさしく、切ない歌でもある。

当時、外国人は日本語がわからなくても、九ちゃんの歌を聞いて涙が出てきたのだそうだが、英語でカバーされた「上を向いて歩こう」を聞いても、日本人には沁み入ることがないように思う。

今頃は九ちゃんと一緒の世界で「八六コンビ(八大さんと六輔さん)」復活ですね。「八・六・九・トリオ」の「上を向いて歩こう」もこの世で復活中です。

ご冥福をお祈りいたします。

20160719-1
「上を向いて歩こう」1961年 中村八大作曲 永六輔作詞 坂本九歌

「モノ語りヒト語り」一覧へ

お気軽に
ご相談ください

くらしのくらや買取に関して皆様よりいただく質問をQ&A形式でご紹介しています。

よくあるご質問

小さなことでも
遠慮なくご連絡ください