モノ語りヒト語り

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一本とられる

先日、朝日新聞の「折々のことば」で紹介された磯田道史先生の話が目に留まった。
NHK「英雄たちの選択」という番組で日本の歴史をひもどきながら、それに現在の政治や社会を重ねて見ていく磯田先生は歴史を身近なものにしてくれた私の先生でもある。
露天商と話した時の先生の誠実さが表情も含めて想像できるようなコラムであった。
それにもまして、名も無き「ある露天商」の鮮やかな応対に感服するしかない。
私たちもその露天商と同じような仕事をしているので尚更のことである。

この「折々のことば」を読んで「とられる一本、とる一本」として思い起こすことがあった。
このコラムの趣旨とはややずれる事柄ではあるが、私たちにとっては忘れられない記憶として残っている。

今から二十年ほど前、私が買い取った犬の置物が店頭に出され、それを「あるお客様」がレジに持ってきた。
それを見た目利きのスタッフが品物と値札を見て「あ、すみません。この値段は一桁間違っていたのでお売りするのは勘弁してください」。
お客様は両手でその置物を抱えて「いやよ、もう買ったんだから」と納得しない(当然なことである)。
勿論、スタッフが引き下がりその置物はお客様の手許に。
置物は単なるお土産品ではなくフランスの伝統的ガラスメーカーのお品物だったのだ。
そのお客さまとのお付き合いはそれから二十年、今はお買い上げに来られるより、終活としてお片付けのご依頼が多い。
それがモノと人生の二十年の移り変わりなのかもしれない。
ご自宅にお伺いすると半分は「くらしのくら」で購入された家具である。したがって、その多くの家具は「くらしのくら」に出戻りするのだが、あの犬の置物だけは戻ってくる気配が無い。

十五年ほど前のことだが、店では販売が難しい掛け軸や茶道具を骨董の市場(全国の骨董商が集まり、競り上げ方式で落札する市場)に出した。
盆に品物を載せて回していくのだが、出品したまくり(まだ表装されていない水墨画の原画)の盆に買い人が重なるように集まる。
結果、法外の値段で落札された。買い取ってきた本人も驚くばかりである。
終了後、その市場の会主に「何だったんですか、あのまくり?」「わからん、何でこんな値段がつくのかオレにもわからん。それが市場っていうもんだ」
想像外の落札結果に単純に嬉しくもあり、自分の見る目の不確かさに唖然ともする。

「一本とられることもあれば逆もある」
果たしてこの「ある骨董商」はどんな一本をとったことがあるのだろうか。

彼のように鮮やかに生きてはいけないが、私たちもその同志の一人になったような気がするのである。

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