モノ語りヒト語り

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感動は全力疾走にある 〜2018年 ワールドカップを観て〜

「楽しみたい」「楽しめた」と決まり文句のようにスポーツ選手がコメントするのは、日本人が一番多いように見える。
最近は試合前に「感動を与えたい」と選手が言うことも増えてきた。
そして、サポーターは「感動をありがとう」と応える。

みんなが言うからその流れに乗っているだけのことだろうが、
鍛錬した肉体で勝負をかけるスポーツにはなじまない。

2018年ワールドカップロシア大会での日本対ポーランド戦でのボール回しで、
会場はブーイングに包まれた。
この戦術は正しかったのか、他の選択はなかったのか、
その選択を問い直すことはスポーツだけではない、
人の様々な生き方や世界観を考えていくことになるのではないか。

昔の「サムライ」は勝敗よりも卑劣なことをもっとも恥じてきた。
サムライとも称された選手自ら選んだことではないのだろうが、後ろめたさは免れない。
このようなルール違反ではないが、手を抜いた行為(FIFA行動規範)を受け入れることで
1点を守ったポーランドの選手もまた同様の葛藤を抱いたに違いない。
ビジネスで言えば、法律違反すれすれの誇大広告で売上を上げていくことに通じる。
また、「セクハラ罪と言う罪はない」とセクハラをした高級官僚を擁護する政治家が
闊歩している「今の日本」とダブらせるのはこじつけ過ぎであろうか。

数学者の藤原正彦さんが今回のサッカーについて触れているので一部引用する。
週間新潮(7/12号)の管見妄語より

(略)日本サッカー協会は「フェアプレー精神にもとる戦いを恥じ、セネガルに決勝進出を譲る」と言って欲しかった。(略)美醜で善悪を判断した孤高の日本を忘れた現代日本は、今や諸外国と同様、ルールに触れないことなら何でもするという姑息で狡猾な国に成り果ててしまったのだ。(略)

参考資料
(規範は憲法、規則は法律と考えられているが、規範違反に対するFIFAの対応は硬軟両用様々である)
★FIFAフットボール行動規範
“あらゆる試合”は勝利を目的とすべし 勝ちを目指さないことは、相手を騙す、観客を欺く、自らを貶める
行為 強敵にも最後まで諦めず、弱い相手にも手を抜かず 全力で戦わない事は如何なる相手であっても
侮辱である 終了の笛まで、勝つためにプレーすること(樋渡類さんのツイートより引用)


★JFA行動規範
「最善の努力 どんな状況でも、勝利のため、またひとつのゴールのために、最後まで全力を尽くしてプレーする」


★JFAリスペクト宣言
「リスペクトの本質を、常に全力を尽くしてプレーすること、そしてそれはフェアプレーの原点であるととらえています。仲間、対戦相手、審判、指導者、用具、施設、保護者、大会関係者、サポーター、競技規則、サッカーというゲームの精神、それらサッカーを取り巻くあらゆるいろいろな関係の中でとらえていきたいと考え、<大切に思うこと>としました。」

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